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母親が亡くなってから、

もう数年経つけど、

あの棺に入った姿はまだ鮮明に覚えてる。
(遺体を安置してくれていた場所が葬儀場とは別のところにあって、出張帰り、そこに一人ですぐ会いに行った)

母の死も、まったく予期していなかった、突然のことだった。

人が亡くなると(あまり知らないような人でも。今回は声優の松来さんだった)、時にあの棺に入った光景を思い出して、

深い悲しみに陥る。寂しくなる。

「本当に(一つの時が)終わったんだ……もう二度と生きてたこの人に会えないんだ」と思う瞬間。

時が経つということに、より寂しさを感じやすくなってしまったね。。。

そして時に置いていかれたような自分。。。

止まったままの人生……

何一つ約束を果たしていない人生……

あの時、死のうと覚悟を決めたのに、死んでいない……それがすべて悪いかのように思ってしまう人生……


でも、分かるよ、最期の最期まで(本当に、ここで人生終わらせていいって自分に許せた瞬間まで)、前向きに、小説家を目指すべきだって、ね。

若くして亡くなったあの人たちは、みんな、人生に悲観せずに、亡くなっていったからね! あの人たちの分まで、もう少し、あとほんの少し、あがいてみるよ。精一杯やったかどうかは他人が決めることじゃない、自分で決めることだから。
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2015-11-02 23:34 | | COM(0) |
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純章(すみゆき)

Author:純章(すみゆき)
命中率ほぼ0%な射手座の人。
小説家を目指すもなかなか結果出ず。

時代小説好き。

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